三三、人とり橋

朧月夜に見る老松には、無限の詩情があるものだが老松が女郎松などとニックネームを取って、薄気味悪い夜鳴きをしたり、うらめしやと、乱れた髪の毛を口にくわえ、痩せ細った蝋の様な手を互い違いにして、少し上目に下げられ、生臭い風を伴ってヌーットお化けの姿に変わるとなると、詩情どころか只事では済まされない。

幽霊

ところが、こうした奇怪な松が薮塚の上に二本もあったと言うのだから物凄い。
 その女郎松の根の届く辺りに掛けられた丸木橋。これがまた人とり橋といって、事もあろうに寺に通ずる只一筋の橋だと言うのだから尚更恐ろしい。

 何という淋しさと、恐ろしい因果の組み合わせであろう。どの様な恨みがあっての亡霊か!ちょうど亡霊の出る頃と。いっても草木も眠る丑三つ時、どこからともなく聞ゆる鐘の音は、陰に響いて物凄く、川の流れも一時は止り、屋根の棟が三寸下がる。と、講談もどきの時刻でないだけにかえって妖気を呼ぶ。

こうした頃、その丸木橋を渡らなければならない様に、悲しい運命に引きずられた者は、七転八倒の苦しみ、地獄にも通ずるうめきをあげて、丸木橋から落とされて、虚空を掴んで見るも悲惨な形相をすると言う。

絵

亡霊が人の命を狙うところを見ると、前世の悪行つきず地獄の責苦を受ける女の浅はかといわなければならない。事実とし伝えられる女郎松、丸木橋は、今は影だにもなし、されどこの奇怪な物語が停車場道に臨む郵便局裏にあったとか、「人とり橋」これは幅三尺、長さ三間に余るという土橋にして、役場裏を流るる川にかけられしと聞く。

古地図
現地図